2月は54分でした。
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【2015/02/28 21:10】 | Yoga
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「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 131番から140番まで

【2015/02/28 21:05】 | リーディング
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「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 126番から130 番まで

【2015/02/27 11:35】 | リーディング
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ちょっと面白いサイトを見つけました。高校生向けなのですごくわかりやすい。

面白いと思ったところ。 ↓
>多様性を保障するためには、15歳の時点で自分で人生を選んでいくという判断力もいるしね。実際に現状では中卒後も多くの人たちがだいたい同じ形の教育をする普通高校に18歳まで行って、その後大学に行くとか、技術をつけるために2年間専門学校へ行くとかという形に分かれていくようになってるよね。もちろんそれを大きく変えることは不可能ではないのだけど、そういった何世代もやってきたことを変えたとして、それがうまく機能しているかは一世代くらい経ってようやくわかるんよね。最低25年はやらないとダメで、その制度のなかで育った人がどういう大人になったかということを見ないと。それもデータ分析しないといけないね。

【2015/02/26 16:49】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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偶然発見した論文

コロンボの論文なんて~!ファンとしてはかなり嬉しい(^^
アメリカ文化・アメリカ文学をご専門にしている先生の論文のようですが、こういう題材でも論文書いていいのね(^^

★★
・「競争社会の階段を駆け上がった階層と、途中で踏みとどまった庶民とのコントラストが描かれ、後者が前者を負かす意外性がある。」
とあるんだけど、コロンボは警部補という立場だから、「途中で踏みとどまった庶民」ってことはないと思うけどね~
まあ、「見事なヨットですな」と言うコロンボに対して「刑事の給料ではムリだろう」と元大佐から言われちゃうシーンもあるけど。
犯人の中には、大会社とはいえ一会社員だったり、中小企業の社長だったり、という犯人もいたし、そういう場合は警部とどのくらい収入が違うかというと微妙な気も・・・

警部補、というのは社会では結構良い「職業威信」があると思うし。

ここではやはり、あのコロンボの「身なり」「態度」が注目されるべきなんじゃないかと思う。
愚鈍さを装った言葉づかい、汚いコート、汚い車、そしてこれは余計だけど愚鈍な可愛い犬(笑)
小柄で髪の毛はいつもぐちゃぐちゃだし(笑)
そういう身なりの愚鈍(に見える)男が、頭の切れるエリートをやっつける、という快感さがあると思う。
警部補のお給料では、コートや車が買えない、なんてわけないもん(笑)あれは、職業威信に関係なく、コロンボの「個性」ということでしょう。頭が良すぎて、身なりに構わない、という一種の個性。

とはいうものの、以下の部分はとても面白かった。

みすぼらしいコロンボが金持ちの犯人を捕まえる、という部分は単にドラマ的な効果であり、政治的メッセージはない

日本の社会では、横並びの「結果の平等」で安定を保ってきたので、みすぼらしいコロンボが金持ちをやっつける痛快さ、のみが目に入ってしまうのではないか。

これ、苅谷先生の『大衆教育社会のゆくえ』にもあったな~。
「『格差』問題は、教育の大衆化によって見えづらくなっていた。」
でも、そこには「家庭環境の差」「もともとの能力の差」があることが、皆は実はわかっているといるという「隠れた差別」があるけれど、それはあくまでも「隠れた差別」
だから、良い大学を出て、良い生活をしている人もむしろそれを隠そうとする。「大学なんて言ってもたいしたことないよ、用は実力だから」という態度をとっていないと不遜だと思われる。

・アメリカでは、「機会の平等」の原則が確立しているために、個々人を正当に扱うためにも、能力に応じて評価の差をつける能力主義が重要視される。そのため「勝者を素直に賞賛できる」風潮がある。

これは、確かにそうかも。あくまでも私の感想だけど(長いことアメリカに住んでいたわけじゃないので)でも、社会の「底辺」で働いている人も別に、全く卑屈ではないという印象を受けた。自分は自分で楽しいし、幸せだから良い、という感じを受けた。

・競争は、確かに、個々人の能力を最大限に発揮する機会を提供し、アメリカ社会に活力を与えるが、その反面、個々人は競争の圧力のもとに緊張を強いられる。

★★
やや乱暴にまとめると以下のような感じだろうと思う。(かなり乱暴な書き方(まとめ方)なので、この論文を書いた先生には申し訳ありません、と最初にお詫びしておきます(汗))

(表向きの)平等で安定を維持している日本人は、『コロンボ』を「みすぼらしい身なりの男が金持ちを痛快にやっつける痛快劇として見る。「金持ちザマーミロ」みたいな感じ(笑)

反面、機会の平等の結果の「不平等」が認識されているアメリカ人は『コロンボ』を競争の勝者の中にある個人主義の孤独さ、過度の競争から生まれる社会の病理、競争の結果生まれる勝者の中の、緊張に目を向ける。

そこには「金持ちザマーミロ」ではなく、「競争の結果の病理」を見る冷静な(かつ優しい)眼差しがある。

最後に論文の最後を引用します。
「コロンボは裕福な犯人の罪は追求するが、彼のそれまでの業績を尊敬する意識は変わらない。そんなコロンボの二面性は、競争社会で勝つことを素直に賞賛できるアメリカ人には理解しやすいが、日本人には理解しがたい問題なのかもしれない。」

【2015/02/26 16:35】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 121番から125 番まで

【2015/02/26 11:13】 | リーディング
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最近、ルピシアにはまっています。
桜のお茶なんて癒されそうでいいなあ~と思って購入。ついでに大好きなグレープフルーツの香りの緑茶も買い足しました。











★★
ありがたいことに、担当生徒は見事、法科の名門中央大法学部に合格、進学が決まりました。
さっそくTOEICの勉強をはじめているようです。すごい(^^

彼が私の長い(!)英語講師時代の最後に担当した大学受験生となりました。彼が中1の時から6年間担当したので感慨深いです。綺麗なエンディングを迎えさせてもらえました。

【2015/02/26 10:42】 | 日記
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「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 116番から 120番まで

【2015/02/25 10:41】 | リーディング
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たまたまお邪魔させて頂いたブログに、あの50歳で東大に合格した主婦の方の記事がありました。テレビ出演されたことがあったようですね。
(画像はブロガーさんからお借りしました。)

1日15時間とはすごい!私、すごく反省しました(泣)全然足りてないわ~もっとできるのについついさぼってるな~
いや、私も勉強は好きな方だけど、この方は別格だわ。
でも、少しでも見習いたいと思います。

このブログ主さんも書いていらっしゃいますが、この「ご主人に悪いと思わないんですか?」との番組の男性からの質問(誰か知らんけどさ)すごいですね(笑)
そういえば、ネットの掲示板でも「出演した番組でも『ご主人可哀想って言われてたよね!』って嬉しそうに指摘するものがあったことを思いだしました。
ご主人とはちゃんと話し合った上のことなんですから、他人はほっとけ、この妬み根性の能無しが、と思うわ~。
妬んで悪口言うのって日本人の最も悪い面だと思う。足を引っ張るのが大好き。他人が気になって気になって仕方ない。

でも、このリンクさせて頂いたブロガーさんのように、素直に認めて自分も取り入れて学習に励もう、自分を高めようと頑張る方もいる。「妬んで悪口を言って終わる」のか「自分も頑張る」のか。大きい分かれ道ですね。

色々非難ごうごうだったはずですが、現在、この東大に行った(元)主婦の女性、なんとなんと念願のフランス留学を果たされています。
悪口ばかり言う進歩のない人々を残し、日本を涼しい顔でさっさと飛び出し、現在フランス在住(笑)
語学留学ではなく、有名大での正規留学のようです。すごい!強い!この強さを見習いたいですね。

【2015/02/25 09:54】 | 保存しておきたい言葉
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eri
紹介されていたブログを私も読んでみたのですけど、もともと優秀な方なのでしょうけれど、フランス留学中とは素晴らしいですね。
いいなあ、すごいなあ、と羨ましがってばかりいないで、私も英語の勉強はずっと続けようと力強く思いました。



きょうか
コメントありがとうございます。ほとんど誰も来ないブログなので暴言のつもりで書き散らしてしまい、お目汚しすみません(汗)

この女性、facebookをやってらして、記事を普通に全公開にしていらっしゃるので、時々お邪魔してフランスの様子を見て刺激をもらっています。現在、休暇中なので旅行をして色々楽しまれているようです。息子さんお二人もフランスに訪問されているようで、離れていても家族の絆はしっかりとしていらして、何も皆さんが心配するようなことはないようです(笑)

eriさんにも刺激を頂いて、私も英語を頑張ります!(^^

何か目標があるというのはいいですね。
ちょっと話がそれるのですが、先日これもたまたま見た英語系の(主婦の方の)ブログなんですが、ご主人がすごく無気力で、毎日毎日定時に帰ってくると、お酒を浴びるように飲んで、寝るだけ、それだけの生活なので、息子さんと一緒に「お父さんも、英語勉強してみたら、楽しいよ。」と声をかけてみたとか。

返答は「今から英語なんてやってどうする。時間の無駄だろう。」だったとのこと(哀)

それで、結局どうなったのかというと、このご主人、会社の女性と浮気をしていたそうなんです。理由は「毎日がつまらなかった。やることもないし、目標もない。彼女と会っている時だけが楽しかった。もう人生生きていても何をしていいかわからない。」
とのことで、ブロガーさんは唖然、だったみたい。

長くなったんですが、家族仲が良くて、自分にも向上する目標があって、満ち足りた生活が出来るって、当たり前のことではなくてすごく有りがたいことなんだなあと思ったんですよね。

あれ、ほんとに長くなってしまいました!すみません(汗)



eri
きょうかさん、きょうかさんが紹介してくださる読み物から、えっ?とびっくりすることがあって楽しい刺激があります。

今回の記事は、以前こちらで読んだもので、通信課程、夜間学校が日本では認められにくい(でしたっけ)、というところを思い出しました。多様な働き方、生き方を受け入れる社会を、と聞きますが、そう簡単にはいきそうもありませんね。   自転車とヘルメットの安全性についての記事も言われていることとまったく違って、興味がわきました。

向上する目標を持てる生活は、きょうかさんがおっしゃるようにありがたいことだな、と思います。 私の場合は特に仕事で使うでもなく、ただ好きだというだけで続けられるので、これはありがたいです。

ご主人に悪いと思わないんですか?って、今どきの反応は、はっ?でしょうか。 私はきょとんです。

また楽しみにしています。






eriさん
きょうか
おお!夜間大学のこと書きました。自転車のことも!
自分の覚え書きなので殴り書き(PCですが笑)ですのに、読んで下さっていて、すみません。
本当にそう簡単にいきませんね。それを無理に実現するために、とある教育社会学の教授は「高校卒業の人を優先的に採用するよう法律で決めるべき」みたいなことを書いていらしたのですが、それを「夜間大学」に置き換えるだけで、だいぶ違うと思ったのを覚えてます。

それと、この教授ご自身「私の人生はもう変えることができない。」とおっしゃっていて、そこもちょっとひっかかりを覚えたのを覚えています。

以前、新聞社を定年退職してから、中央大の法科大学院に入学し、若者と一緒に勉強し、3回目、ぎりぎりの挑戦で司法試験に受かった男性のことを思い出しました。
確かに「人生を変える」のは大変ですね。これくらいしないと、という感じでしょうか。
その男性にインタビュアーが意地悪な質問をしていて「人生残り時間は少ないですよね、弁護士としてはどうしましょうね?」みたいな感じのことを(笑)
男性は「短い時間だからこそ全力投球したいですね。」と答えていらしたですけどね。

「好きで続ける」って一番大事なことでありがたいことですよね!
私も頑張ります(^^

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・「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 111番から 115番まで

【2015/02/24 21:24】 | リーディング
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コロンボの論文の中にあった英語を精読しました。

【2015/02/23 12:53】 | リーディング
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友人facebook。 カプセルホテルをsleeping pod と表現しているのが面白かった!

【2015/02/22 20:50】 | リーディング
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・「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 106番から 110番まで

【2015/02/21 21:23】 | リーディング
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・試験の起源は、6世紀末に始まった中国の官僚任用試験制度(科挙)にあるとされている。

・ミシェル・フーコー『監獄の誕生』「試験は近代産業社会を成り立たせ、その発展を可能にしてきた主要な社会制度のひとつである。」

・19世紀、産業化の時代とともに「試験の時代」が始まった時、欧米諸国でも日本でも、試験は教育と社会の進歩を測る手段であった。しかし、今ではそうではない。

・明治維新まで日本には事実上、試験の制度はなかった。

・中国と違い、日本の古代天皇制国家は、官僚制国家ではなかった。貴族制国家であり、官職は家柄・身分によって決まっていた。よって公開の試験の必要性がなかった。

・明治初年「お雇い外国人」モルレー。近代の学校制度を整えるのに大きな役割を果たした。モルレー「試験は教育の発展をはかり、さらには国家の発展を可能にするもっとも重要な手段だ。」

・適塾など、明治維新後のメリトクラティックな精神の元になる競争聖心を養うものもあった。
(福沢諭吉先生も、適塾で学んだのと同じ方法を慶應義塾に取り入れたとか。)

・明治5年 「学制」
-教育にあたって、等級を踏ませなくてはならない。
-進級には試験に合格しなくてはならない。
-卒業するためには試験に合格しなくてはならない。
-卒業した上で、それが小学校→中学 への進学の資格になる。

・教育行政のしくみは、中央集権的であったが、それでも全国に均一に同じような水準と質の教育制度を直ちに作り上げることは難しかった。そうした状況の中で等級制と試験による進級制度は、なくてはならない手段であった。

・学制は明治12年に廃止されたが、試験制度に関してはそのまま残り、ますます制度化していった。

・明治20年頃の変化。
-「等級制」から「学級制」へ。
-試験が当初の「均等な教育を」という目標から離れてきてしまったから。教育制度が落ち着いてくると、今度は試験制度が当初予想されなかったような方向へ進んでしまったため。
-生徒が試験結果に振り回されるようになってしまった。(現在をうかがわせるような感じ)

・試験による「競争」が定着していった。(例・明治19年に小学校へ通っていた人の手記。「当時は毎月の試験のたびに、名札が成績順に入れ替えられた。」

・森有礼 明治19年。小学校令 中学校令 帝国大学令 師範学校令
入学のためには「試験」

・明治20年~30年。試験の目的があきらかに明治初期とは変わってきていた。
学校制度が整う前は、試験は「学力」を測るものであった。学力により試験を突破できれば仕事を得る機会もあった。学校制度が整ってからは、学力は日常の中で常に試され、その結果、「卒業証書」「学歴」の形で現れるようになる。

・大正時代(ホワイトカラー・サラリーマンの出現)

・日本の特色。
-学歴主義は、欧米諸国に生まれたものである。しかし、企業における学歴主義はそうではない。19世紀後半のヨーロッパ諸国は、企業の職員層(ホワイトカラー)に学歴を条件として要求していなかった。(これはごく最近までそうであった。)
また、大学を始めとする高等教育機関の卒業者は、専門的職業人や、官僚になるのが普通であり、企業を目指す者がほとんどいなかった。しかし、日本ではそうではなかった。企業は、「学校出」を積極的に採用し、高等教育機関の卒業生もホワイトカラーになることに抵抗がなかった。
-それは、日本の近代化の特色と言える。遅れて近代化が進んだため、工場や事務所のような近代組織を動かしていくのに必要な知識や技術を身につけ、供給してくれるのは学校以外にはなかった。
-また、「学校を出た人」から見ても、企業は、近代セクターを公正する組織として、始めから「社会的上昇移動の重要な目標」に成りえたのであった。
-企業にとっては「学校の発行する卒業証書=学歴」がそのまま採用の条件となった。また「どの学校を出たか」によっても学歴の価値は異なった。


★★
上は『試験の社会史』よりお借りしました。下は文科省のHPよりお借りしました。






【2015/02/21 17:21】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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・「教室」の形は当たり前のものではなかった。明治維新の時取り入れられたもの。
一人の人に注目を引くのには非常に効率的なスタイルで革新的なもの。


・試験はなぜ時間が決まっているのか。
-一定の時間内で能力を発揮しなければならない社会の特徴を反映している。例)工場などでは一定の時間内に決まった数の製品を生産しなければならない。また、たくさん作ることができれば、その分、コストも安くなる。

・校則はなぜあるのか。
-「反抗」へのリトマス試験紙のようなものとして働いている。生徒ができるだけ先生の言うことを聞かないといけないようなシステムを作るため。集団をまとめるため。
力が先生>生徒だということを、暗にわからせるため。

-「将来のため」悪い芽はつんでおこうとする考え方。


・「隠れたカリキュラム」について
-勉強の面での自分の位置を教える。

-「日本」としてのまとまりを教える。歴史(一続きの時間の流れがある。国語(日本語という一つのまとまった言語がある。)<注・江戸時代までは人々は自分が「日本人である」という意識をあまり持っていなかった。>

-自分たちのまわりをどのように区別するのかということを、知らず知らずのうちに身につけていく。(性別・年齢(学年)・さらには「日本人としての自分」と外国人)
その区別が「当たり前」になってしまい、あえて考えなくなるしくみが「隠れたカリキュラム」にはある。年齢という区別を取り払ってみたり、という考え方を思いつくことすらなくなってしまう。そうした力を「隠れたカリキュラム」は持っている


・学校の先生の「世界」
日本の学校の先生の責任範囲は広い。<注・アメリカの学校は先生は教えることに専念している。生徒の相談に乗るのはスクールカウンセラーの仕事。クラブの指導は専門のコーチがつく。日本のように夏休みにクラブの指導がある、などということもなく、その期間は仕事が休みになり、給料が出ないほど。>


・(日本の)学校の先生の責任はなぜどんどん広がってしまったのか?
-欧米では基本的には生き方を教えるのは、学校より教会などの宗教の役目と考えられてきた。日本ではそれに比べ、宗教の力は強くないから。

-日本でも、昔は「子供のしつけなどを学校でやる」という考えは強くなかった。ところが学校が子どもたちの生活の中心になっていくにつれて変化が起こってきた。
変化が起きたのは、1950年代の終わりから70年代初めころの高度成長期。社会が大きく変わった時期。
父親は会社での激務であまり家にいない。核家族となっていく。家庭内でも地域でも人と人との関係が変わっていった。そして人々の意識の中でも「昔風の子育ては古い、封建的だ」という考え方が生まれた。この時代高校進学率が9割近くに達する。
こうした時代背景のもとに、学校への期待が高まってくる。昔風のしつけではダメだという風潮の中で、学校以外に子育てを頼ることはできなくなる。父親は家にいない。核家族であるという状況。そうした中で、学校がしつけも負ってくれるということは、親にとって必要なことになっていった。その結果、学校の役割は広がっていくようになった。

-学校の責任範囲が大きくなっていったのは、高度成長期の頃であるが、この時代の直後(1970年代の終わりごろ)、学校で様々な問題が起きるようになる。(校内暴力など)
暴走族や家庭内暴力の問題が大きく取り上げられ、少年非行の数も1970年代の終わりごろから増えていった。
この頃までには学校の責任範囲がすでに大きくなっていたため、こうした問題は「学校の責任」と見做された。そうなると教師への責任はますます大きくのしかかり、研修会、その準備、などという負担が増え、教師はますます忙しくなっていった。


・「生徒化」と「個性的教育」は別方向を向いている。


・学校の成績は生徒たちの他の見方にも影響を与える。
(注・アメリカでは学校の成績に関係なく、多くの子どもたちが自信を持っている。)
日本の学校の調査では、学校の成績が良い子は「将来幸せな家庭が持てる」という「学業と関係がないように思われること」にも自信を持っていることがわかっている。
逆に成績の悪い子は「幸せな家庭が将来持てない」と思っている。


・自分で選べないことの責任に対して恵まれた人はどう考えるべきか。自分だけで掴んだわけではない幸運にどれだけ責任を持つのか。自分の力だけでその地位を得たと思ってはいないか。


・地方分権への流れ。

【2015/02/21 13:04】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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・「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 91番から 105番まで

【2015/02/21 11:49】 | リーディング
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昨日は、休みだったので、朝から緑内障の精密検査(念のためやりましたが、異常なしでした^^)→カフェで2時間ほど勉強→銀座のクリニック→まつげパーマという忙しい(?)日でした。

ダンナの誕生日だったので、夜はお取り寄せのお肉でしゃぶしゃぶを楽しみました。
お供は2009年のシャルドネでした。


とても楽しい晩でした。
家でゆっくり誕生日を祝うのもすごく良いですね。

【2015/02/21 10:35】 | 家でごはん
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たれを作ります。
醤油

わさび少し

まぐろを付け込んで15分~30分ほど冷蔵庫で寝かします。


ごはんにネギトロのせる。
その上にしらすを乗せる。
マグロを上に乗せる。
ネギをたくさん乗せる。

おわりです~!

★★
追記
昨日、やってみましたが、すっごく美味しかった!外で食べるより美味だった(笑) しらすとのコンビネーションが絶品(^^

今度はたれに、ゴマ油とにんにくをちょっと加えてみようかと思います。

【2015/02/20 20:51】 | 超簡単クッキング!
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今日から部屋でかけっぱなしにしているDVDをコロンボのMake me a Perfect Murder にしました。

『結婚記念日』は2か月も結局かけてしまいました(笑)

【2015/02/19 16:03】 | 部屋でかけっぱなしにしているDVD
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・「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 76番から 90番まで

【2015/02/19 11:52】 | リーディング
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教育社会学者苅谷先生のご著書。改めてためになることがいっぱいでした。


【】内は私の勝手な感想です。

・「二分法」はわかりやすいので好まれる。
【ネットにはこの「二分法」があふれていて、でもそれはそれで面白い。極論ってわかりやすいのね。そんで面白い(笑)
-30過ぎの独身は「負け組l。結婚して子供がいれば「勝ち組」
・医師や弁護士、経営者や一流企業社員と結婚する女は「勝ち組」などなどなど(笑)】

・「常識」にどっぷりつかった物の見方は「単眼思考」「常識」と身の回りの具体例は意外に違っていたりするもの。

・「常識」が流布することで、社会は何を得ているか。また何を失っているのか。
例)「有名大のエリートは頭はいいが、冷たく、他人を蹴落とすことを何とも思わない」というイメージ、常識がある。そうした常識が流布することで社会が得るものは何か。→「エリート」の醜さを表すことで、結局、みんな「平等なんだ」という日本社会の横並び意識を強める。

・ロラン・バルト。「現代の『神話』は、その対象となるものを「自然なもの」当たり前のものとして人々が附に落ちたと感じさせるものにする働きがある。」

・統計には要注意。例)「幼稚園児の四割も塾に行っている!」
-子供に勉強を強いるなんて!という「常識」と結びつくことが狙いの統計ではないか。
-聞いた人数が700人しかいない。しかも銀行の顧客だけ。
-調査の本当の主眼は教育的観点ではなく、教育にいくらお金が使われているか、ということだったのでは?
などなど考えないと「統計」だから正しいと思い込んでしまう。

・本を批判的に読むのは大事だが、批判だけでなく「代案」まで考えないといけない。

・「問いのブレークダウン。最初の質問をさらに質問にしていく。
例)どうしたらこの製品は売れるか?→顧客として誰を念頭に置くのか?→広告費はどのくらい使えるのか? などなど。

・「○○に関心がある」で終わらず、それを「問い」の形にする。
○○はどうなっているのか。→なぜ・・・なのか。
例)中学生の塾通いの実態に興味がある。→中学生の塾通いはどうなっているのか→なぜ中学生の塾通いは増えているのか→(それは受験戦争が厳しくなっているからだ。)→本当に受験戦争は厳しくなっているのか。

・「偽の原因」に惑わされないこと。偽の要因を取り除くにはどうしたら良いか。
「これが原因だ」と思っているものが、実際はそれほど大きな影響をもたらしておらず、気づいていない他の原因のためであることがある。
「偽の原因」を取り除くためには、他の時代や組織、違う時代に注目する。
例)日本ではなぜ終身雇用が多いのか→日本では集団主義だからだ。
-「偽の原因」かもしれない。惑わされないためには、集団主義ではないアメリカでは修身雇用に似た制度がないのかどうか調べる。
また、集団主義的な傾向が強い韓国や台湾などでは、終身雇用制があるのかどうか調べる。
-戦前の日本(同じく集団主義であった)で終身雇用制があったかどうか調べる。

・質問を細かく分けるには・・・
最近の女子学生の就職はなぜ難しいのか。
→最近の大学生の就職はどうなっているのか
→<性差の影響を考慮>1)男子大学生の就職はどうなっているのか。2)女子大学生の就職はどうなっているのか。
→<学校歴の影響を考慮>1)有名大の女性の就職はどうなっているのか。2)他の大学の女子の就職はどうなっているのか。
その他、文系・理系や地域差などについても考えることができる。

このように質問を細かく分ければ。「最近の女子学生の就職はなぜ厳しいのか」という問いに対し「日本企業にはまだ女性差別が残っているからだ」という「常識」に囚われずにすむ。

・具体的な個々の例を概念のレベルにまで持って行く。
例)今食べているリンゴは確かに世界で一個しかないものだけれど「リンゴ」という「概念」にまで持って行くことができる。
この「概念」があると、「常識」に囚われずに済む。
人それぞれ、個々それぞれ、とおしまい、にする必要がなくなる。
【以前見ていた掲示板で「結婚こそが女の喜び」というスレッド(笑)があって、まあ当然のように荒れに荒れていた。荒れている掲示板って面白いんだけどね(苦笑)
「結婚こそが女の喜び、出産こそが女の喜び」と主張する人たちに「そんなの人それぞれじゃない!」と多くの人が反論していた。それに対し「結婚こそ女の(以下略w)」の方々は「人それぞれとか、ほんと陳腐。そんなこと言ってたら議論にならないじゃん。結局ちゃんと反論できないから『人それぞれ』と逃げているんでしょ。高齢未婚の負け組のくせに!バーカバーカ!」みたいに書いていた(笑)
この著書でも紹介されている「ジェンダー」という概念を持って反論することがそうした場合できるということね。まあ、ネットの掲示板でまともに議論するのはバカバカしいけど(笑)「負け犬!バーカバーカ」と言われたら、「はいそうです、あなたたちは結婚していていいですね!エライエライ」と思っておけば良いのですが(笑)」】

1)複数のケースを並べて、それらに共通する部分は何かを考えること。
2)それらを共通するものとしてくくることのできる概念は何かを探すこと。
3)その概念をどのような意味で使うのか定義をはっきりさせること。

・関係論的見方が大事。
例)偏差値さえなくせば・・・ということで偏差値をなくしたことがあったが、実際はうまくいかなかった。塾産業がその代理を果たした。また、偏差値という指標がなくなったことで、学校の教員たちが進路指導に多くの時間を割かねばならなくなった(業者ではなく、自前のテストを使い、進路指導をする等)という弊害も起きた。
お金さえなくなれば貧富の差はなくなる!と考えて「じゃあ貨幣をなくそう」と考える人はいない。関係的見方がそこで働いているから。偏差値の件においてはそういう見方ができなかった。
【関係的見方、というのを私は「バランス」と判断しました。ちなみに「貨幣をなくせ!」という考え方はさすがにないけど「金持ちをなくせ!」というのは、本当に頻繁に聞く意見(笑)金持ちを貧乏にしたら、またどんな弊害(もっと大きな弊害)が出ることを理解してりない。The poor will not become rich even if the rich are made poor. と言った故サッチャー女史はこのことをご存じだったというわけだ(笑)】
【子育て支援が足りない!独身税を導入せよ!という人たちは、この関係的見方、というものを説明したら、たぶん「発狂」すると思いますw】

関係論的見方の例としては・・・
-「予言の自己成就」予言すること自体がものごとの推移に影響を与えて。自らその予言を実現させてしまうこと。
例)オイルショックの時、トイレットペーパーがなくなる、と「予言」されたこと。予言されたことには根拠はなく、人々が落ち着いて行動していれば、そうなることはなかった。しかし、実際は人々は買占めに走り、予言は人々を動かし、自らその予言を実現させてしまった。

-マルクスの共産主義革命の予測。『共産党宣言』「ヨーロッパに幽霊が出る。-共産主義という幽霊である」この場合、予言があったからこそ人々は、児童労働の禁止、工場内の環境改善や賃上げなどを取り入れた。貧困が頂点に達して革命が起きるという予言を逆手にとって、革命が起きない手だてが取られた。予言にはある程度の根拠があったにもかかわらず、予言したことが事態を変えてしまった。

・ある問題がクローズアップされることで、見えなくなる問題がある。しかし、その見えなくなった問題の中にも重要なものがある。

・ある問題をたてることで「誰が得をするのか?」「損をするのか?」を考える.

・「なぜそれが問題になるのか?」
【論文指導の際、私の先生が「なぜ、それが推進されなくてはならないのか、推進するためには何が足りないのかを論じるのが論文。」と繰り返し強調されていたことを思いだします。】
【50歳で東大に行った女性のHPで論文が掲載されています。「夫婦別称を阻むものは何か」みたいなタイトルだったと思います。私なんかが何か言うのは失礼なんですが、だいたいにおいて人の論文の粗は良く見つかる、自分のは見つからない、というのは非常によくあることなので、ここではあえてこっそり言わせてもらうと、そのタイトルを見た時、ちょっと違和感があったんですよね。そもそも「なぜ夫婦別称が推進されなくてはならないのか?」の部分をまず丁寧に論じるべきではないかと。そここそが大事ではないかと。そんな風に思った次第です。そもそも、私、「夫婦別称」がなぜ必要なのかよくわかりません。夫とは同じ姓なの嬉しいですし。繰り返しますが、自分の論文の粗は見えません自分のことは棚にあげて、人のだからあれこれわかる。ほんと、逆ならいいのにね(苦笑)】




【2015/02/18 14:01】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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・友人夫妻のfacebook. 回転すしはwithout breaking the bankでおいしくて大好きだそうです(笑) 私も好きだわ(笑)

・「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 61番から 75番まで

【2015/02/18 09:53】 | リーディング
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「TOEIC メガドリル Part 7」 (ダブルパッセージ) 56番から 60番まで

【2015/02/17 18:18】 | リーディング
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お花がきれいだったので、写真とらせて頂いちゃった(^^
ピンクの色合いとか、すっごく綺麗で好みです!

【2015/02/17 15:45】 | 日記
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