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【2015/05/31 20:21】 | 短い爪でもネイルアートは楽しいです。
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課題が忙しいので、迷ったのですが、やっぱり出かけました(笑)
いいお天気で、まさに野球観戦日和!

なんと完封負けだったのですが(苦笑)雰囲気が楽しかったです。いいお天気に外でアルコールを飲むのは楽しい!
行って良かった!!

【2015/05/31 12:13】 | 時にダンナと出かけるのも楽しいです。
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教育心理学演習                        
                            
“Learning from Nobody” :The limited Role of Teaching in Folk Models of Children’s Development

★Abstract
我々は、教育が母親がおなかのなかにいる時に、すでに始まっているものであり、「教育できる機会」が無駄に使われていてはいけないと思いこんでいる。しかし、この論文は、こうした教育に対する依存に関して論ずるものである。また、特に教師としての両親が、きわめて歴史的にみて最近、また文化的には部分的なものであることも論じたい。


★Introduction
・WEIRD (western/ educated/ industrialized/ rich/ democratic) 社会では、子どもを育てることは、教育する、ということと同義語になっている。
・子どもの発達におけるWEIRD fork model は、「科学的理論」に変容されているものであり、その力は、明らかに政治的政策を通して増大化してきている。
・最初にこの論文では、このfolk model について検討していく。次に子どもが自分でその文化を学んでいく際の共通したパターンを示していく。


★Scientists in the Crib
・最近では、ディズニーの「ベイビーアインシュタイン」という早期幼児教育の教材が販売され、返金騒動まで起きている。
・できるだけ早く、先生と生徒の立場を固めていかなければという必要性がある。
・幼児教育への怒涛のような流れは、幼児の認知研究によって起こっているとも言える。
・ミドルクラスの両親たちは、どのように子供たちが兄弟や仲間と遊ぶかも教えている。
・WEIRD社会では、子どもの教育のためのいかなるチャンスも無駄にできないと思われている。


★Learning in the Kitchen
・発達心理学の教科書では、著者が自分の4歳の息子を台所で教育する場面が描かれている。母は自分の作業のスピードを落として息子を丁寧に教えてあげるのである。そうした「教訓的な」場面は大人と子供のかかわりにおいて中心とも言えるものである。
・しかしながら、現実問題としてそううまく行くものではない。実際には親が子どものしつこい質問攻めや子どもとの関わりにうんざりしてしまうこともある。
・「エリートでない」両親たちが「子どもとの関わりにおいて親が教えるという役割」に対し、無関心や抵抗を示す例も指摘されている。
・しかしながら、私(Lancy)の目的は、特定のfolk modelを論じるということではなく、「教育」が赤ちゃんが大人になっていく際において、重要性が低いということを論じるために、近代以前の実例を使っていきたいということである。
・多くの学者が「教育の重要性を受け入れており、「教育は脳の発展に影響を及ぼした」とまでする説もある。
・ゆえに、近代以前のfolk modelを扱っていこうと思う。


★Teaching at Unnecessary Interference
・教育は求められてはいないという例がいくつもある。
・イヌイットの人々は、子どもが簡単に自分で学べることを子どもに教えたりしない。
・フィジーのロツマ島の先住民の人々は、子どもは学びたがっているものなので、学びは必ず起こるものと考えている。(反面、アメリカ人の両親は、知識というものは薬のようなもので、子どもにとってはのどに押し込まれるようであるのが望ましいと考えている。)
・チャガ族の人は、「誰からでもない、私は自分で学んだ」と考えている。
・マヌス島の人は、(子どもの)技術を発達させようとする試みをしない。
・子どもは注意深く観察し、大人を真似することから学ぶ。


★Still Being Made
・村に住む両親は、子どもを積極的に教えたり刺激を与えたりはせず、子どもと一緒に遊ぶこともめったにない。
・赤ちゃんは、隔離されて静かな状態で、「人間ではないように」見られているのかもしれない。
・多くのfolk model には「幸せな赤ちゃんは静かな赤ちゃんである」という考え方が見られる。
・起きている時間が関わりや、刺激を与えるための時間とみなされていない。
・子どもをあやす時も、直接の注意が子どもに払われるわけではない。
・赤ちゃんが見えるところに置かれている森の狩猟採集者の中でさえ(子どもはコンスタントに愛情をもって扱われている)、一緒に遊んだり、赤ちゃん言葉で話したりする場面は必ずしも見られるわけではない。また、愛情ある注意はグループの中の他の人によって与えられたりする。
・赤ちゃんは、認知力があるとは思われていない。
・こうした状況は、赤ちゃんが乳離れした後も急激に変わるということはない。


★Respecting/ Encouraging the Autonomy of the Individual
・イヌイットは、子どもが生まれた時から潜在的な形で十分に形成されている人格があり、それは、助けがなくても適切な時にあらわれると思っている。
・イェクアナ族の人々は、子どもに影響を与えたり、刺激を与えるということを思いつくことすらしない。
・子どもの出生率が高い社会では、女性がまだ子どもに授乳している時に妊娠することもある。その場合、乳離れが突然やってくることになり、子どもと母親の間には距離ができる。関係性は、上からの権威とそれに従うような形になる。
・子どもは、大人のする行動の周辺に置かれ、話しかけられた時のみ、話をする。
・レプチャ族の子どもたちは、いったん肉体的に成長すると、ほとんど注意を払われなくなる。
・しかし、子どもたちは、他人の行動を注意深く見ており、(大人たちが)何をしているのか観察する。
・サモアでは、教わらずとも、経験的に学ぶ様子が確認されている。また子どもたちが成長するにつれて、釣りの能力が上がり、社会のヒエラルキーと儀式を知るようになる。
・子どもたちは、達人を観察し、道具を借り、自分で練習する。
・観察をし、また大人の話すことを聞いていたりするが、それは、直接大人と関わるわけではないのである。
・大人(兄や姉も含む)を静かに観察し、また真似をすることは、もっとも適切な経験とみなされている。
・しかしながら、教育やそれに近いことが必要であると思われる機会もまたあるのである。

【2015/05/29 17:20】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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教育心理学論文
Review
The evolution of teaching

★教育の特質
1)反応依存型・再び繰り返す相対的な価値があるもの(payoffs)。
2)他者に置いて学ぶことを容易くすること。(教える側は、教えられる側の状況に応じて自分の行動を調整する。それは教えるという理由のためのみであり、他の理由のためではない。)
3)与えるものと受け取る者の間に相関関係がある。(「生徒」は「先生」を注意して見る。「生徒」の反応がなければ、そこに学びは生じない。)

★「教えること」と「罰すること」と「トレーニング」は明らかに違う。
「罰する」何かを学ぶことと直接結びつかない。
「トレーニング」aggressor にとってdelayed benefits になる。「トレーニング」を受ける側からするとnegative payoffs になる。

★「教育」は一人で学ぶことが難しいとき、もしくは、一人で学ぶことによる犠牲が大きい時に有効性が高くなる。

★人間に近いと思われているが、実はgreat apes には教育という概念がない。

★人間には異なった状況で柔軟性を持って教育を行うことができる土台がある。
1)言語があるため、無限に、また抽象的な内容を伝えることができる。
2)demonstrate actions をすることができる。
3)一度得た知識を新しい問題に対して使うことができる。

★Categories of teaching
1)段階的に教えていくこと。
2)宣言的に(断言的に)教えていくこと。

【2015/05/24 15:02】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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教育心理学論文 
Teaching in Meerkats

・ミーアキャットの行動は教育の条件すべてを満たすものである。
‐経験のある個体が経験のない個体に行うもの
‐その行動が行われた時に明らかに経験のなかった個体に進歩がみられる。(実験の結果‐死んださそりで練習させたミーアキャットは生きたさそりを逃がす確率が多かった。卵を餌にして練習させたミーアキャットの場合、さらに確率が上がった。)
‐その行動を行った個体はその行動を行うことでなんの利益もない、もしくは損害をこうむる。

・子どもの年齢(or 子どものbegging calls)によって、子どもに教えるべき段階を判断する。死んださそり、disabled にしたさそり、生きたさそり、と段階を追わせて練習させる。

・教えるミーアキャットにとっては、教える前のさそりの処理に関してはさほど負担がない。(かける時間が短くて済む。)むしろ、そのあとのmonitoring のほうが時間がかかる。
子どもがためらったり躊躇していたら、さそりをnudging したりして、戦うことを促す。

【2015/05/23 12:36】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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桜田門へ行きました。



用事を済ませた後は、良い天気なので有楽町まで歩きました。

大学へ書類を出しに行って、そのあと遅いランチ。
カレーは福神漬けがたっくさん!(笑)



その後、恒例プチ温泉旅行(笑)を楽しみ、おなじみ韓国料理店で辛いものとマッコリを堪能するという忙しくも楽しい一日でした。

【2015/05/21 19:51】 | 時にダンナと出かけるのも楽しいです。
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生徒さんのおうちでレッスン。

生徒さんが手早く作って下さったパスタ。すっごく美味しかった!・・・・ので、参考にさせて頂くためにお写真撮らせて頂きました~。この記事も「クッキング」のカテゴリーにしちゃおう(笑)

ついでに、バジル、の発音も練習できました(笑)。

バジルパスタって大好きなのに、ミキサー云々・・・で諦めていたんですが、なんと市販のソースがあったとは!
気がつかなかった~
嬉しさのあまり、レッスンの帰り、即効で購入しました(笑)

ナス
トマト
ベーコン
パプリカ
ブロッコリー
をオリーブオイルで炒めて、ソースをからめたパスタにのっけるだけだそうです。

本当に美味しかった~ありがとうございました!




デザートまで頂き、感動。美味しかった~。



レッスンは関係代名詞、関係副詞などやり、充実したものになりました。楽しいレッスンでした!

【2015/05/17 20:45】 | 超簡単クッキング!
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・・・に授業が始まる前に。
この時間だとまだ本当に静かですね~ ほとんど誰もいません。
あと20分もするとすごく賑わうんですが。

キャンパスの緑をベンチで味わうのが好きです!



【2015/05/15 19:07】 | 日記
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今回は担当ネイリストさん命名の「ヌーディーつやつやネイル」にして頂きました。今までは色味がはっきりしたデザインが多かったので、とても新鮮で気分が良いです(笑)

2週間+ちょっと、くらいで3週間になる前に行くと綺麗に保てますね。
できるだけ今後はそのくらいの間隔で行きたいと思います。




【2015/05/15 19:01】 | 短い爪でもネイルアートは楽しいです。
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木曜日2限 教育学

「大学改革」の機能主義
大学が社会(政府・文科省・経済界など)から求められている要求にこたえること。(例・グローバルな人材を育ててくれ)
⇒ 大学側は、それに対して従うべきか 大学の主体性が侵されてしまうのでは、

機能別主義は、いつから来た?
4.6答申 
大学令までさかのぼる?(国立はそうである。設立当初から「機能」がはっきりしている。私立はそうでない。)
しかし、国策のための国立大も第二次世界大戦、でいったん切れ、戦後は異なる。



しかし・・・・
大学の主体性
19世紀までは学長=主体であったが、今は大学の主体性がはっきりしない。


これにこたえることに躍起になっていると、「現在社会が必要としていること」しか対応できない。「社会がこれから必要になることが予測されることを研究した」としても、それは評価されなくなってしまう。(今、必要なことをやってくれないんじゃ、大学は役に立たない、哲学書なんて読んでも役にたたない、と評価される)

昔は企業で新社員を研修するゆとりがあったが、今は大学に企業が「即戦力」を求めるため。

機能主義の問題点
大学評価の際、あらかじめプラン化されたところ「以外」のところが零れ落ちる。(何か別のところで進歩したかもしれないが、その部分は機能をベースにしてしまうと評価されなくなってしまう。

「機能主義」⇔「意味主義」 という対立
cf 社会学としての「機能主義」とは違うので注意




大学のユニバーサル化
基本的に教育は「お金さえあれば・やる気があれば」誰でも行ける、という概念。
ユニバーサルアクセス(機会の保障)奨学金など、一応ある、という前提である。行かない、という選択をするのは可能であるが、意志があれば行ける、ということが前提。
ユニバーサルアテンダンス(行かないと選択した人にも公開講座や通信などで大学高等教育を受ける)
日本は、現在、ユニバーサルアクセス、にぎりぎり入ったところ。

★★
感想
学力から意味へ
というのならば、AO入試にも批判ばかりではない意味があるのでは?


【2015/05/15 16:41】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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火曜日1限 教育心理学
チンパンジー
利己的な行動
割り方を見せているのではない

種を取られた
チンパンジーには「所有の概念があるのかどうか」というのは希薄。

子どもは大人が石を使って実を割るのを見る
×大人は子供に「見せる」のではない。

集団で暮らすと「見る」機会がたくさんある
母親だけでなく他の個体を見る機会

真似
Imitation 途中のプロセスだけまねる
Emulation 結果だけをまねる

チンパンジーがやっているのはemulation のほう (ただ紐をさしてはちみつを取る)

右手であけて左手で抑えてドアを開けて出て入っていく (イミテーション)
ただドアを開けて出て戻ってくる(エミュレーション)

まねる。
人間にもあるがベスト、ではなくマジョリティーが使うものが継承されていったりする。

まねるために見るとき
人間⇒動作をしている相手の顔も見る
チンパンジー⇒手元と道具しか見ない。
チンパンジーには教育がないという認知的な基盤の違い

【2015/05/15 16:26】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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昨日、ゼミの授業の後、スマホをチェックしたらダンナからのメールが来てた。
こんな時間にメールって珍しいな、と台風関係のことかな、と思いながら開けたら・・・

びっくり!!!!!!!!
思わずその場で電話しちゃいました。あの瞬間のことは生涯忘れないと思います(笑)
また、落ち着いたらブログにも書きたいと思います。


昨日はしゃぶしゃぶとワインとスィーツでお祝い!! 最高に楽しい晩となりました。



【2015/05/13 11:35】 | 日記
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某掲示板である人が勧めていた映画。最近、我が家の「夕食後の映画鑑賞タイム」はこちらになってます。

Idiocracyという映画。

死ぬほどくだらない映画です(笑)
しかし、アマゾンのレビューにもありましたが、その根底に深いメッセージがありますね。

死ぬほどくだらなくしているのは、これほどくだらなく(表向き)しないと、言えないほど危険なメッセージということかもしれないと思いました。
コメディーという衣を着せつつも、こういう映画を作れるアメリカってすごいと思います。日本でこんな映画を作ったら非難ごうごうで「炎上」するでしょうね(笑)

今、2度目を見終わったところです。あと2回ほど見る予定です(笑)

【2015/05/13 11:22】 | 日記
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火曜日 社会学

<エリアスと時間>

社会的時間⇒現在がある・社会を考えると「現在」という概念がなければならない。
社会的な時間「物理的に遅れている」⇒「お詫びをする文化」「しない文化」がある。

物理的時間⇒現在がない・あと、先しかない

社会的な時間
「時間」は権力を伴うものではないのに、強制力がある。
(例・総理大臣が時間を決め、国民に命じるわけではない。)
強制的自己調節がなされる。(内部で個々が時間により自分を律することが強制される)
基本は契約社会だから、である。
「何時何分までにお金を返さないといけないから」

時間の5次元
空間
物理的時間
個人としての時間(4次元だけでは「現在」が存在しないから。現在を生きる人がそこに入らなない。)

物理的な時間 のみを考えて、そこに個人を入れないのはおかしい。

人間は子ども(小学校低学年のとき)に時間とカレンダーにより自分の行動と感情をコントロールすることを「学ばねばならなかった」ことを忘れてしまう。
⇒それは厄介な問題である。

時間意識が発達してきて、時間が文明的に発達してわれわれの中に組み込まれていくことを研究者にとってのモデルが「カレンダー」である。

時計(時間を知らせる)が高く評価された⇒カレンダーを使うことによって、われわれは何かしらの恒常性(変わらないこと)を認識させられる。

変化があるということを認識せずに、われわれはカレンダーをめくり、時間が恒常性なものだと思い込み、われわれは時間が歴史の中で構築してきたものを忘れてしまったのではないか。そして時間を道具的に使うようになってしまったのではないか。 

<時間とリテラシー>
間主観性(フッサール 複数の主観の中で共通に成り立つこと)は時間という次元をもっている。

リテラシー=時間構築=学校
学校からドロップアウトすると時間構造を主体化できなくなる。⇒人間的な関わりから疎外される。⇒ドロップアウトするとそこで自分たちだけの時間を持つようになる(ハマータウンの野郎ども)

テーマを決める

時間と学校⇒時間と現場の教員・時間と協同教育・時間と休み時間の使い方

時間と家庭⇒育児雑誌の特集、明治時代からもさかのぼって・・・などなど

具体的に方向性、テーマを決める

【2015/05/12 20:34】 | 読んだ本・論文の備忘録・学んだこと
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